水島くん、好きな人はいますか。

「えーって言う人にはアップで100メートル個人メドレーしてもらって、最後は25メートルでクロールダッシュ10本してもらいますよ」


とぷん、とかわいい音を立て、水島くんは潜って逃げた。


昼間は電気を必要としないほど日当たりのいい中等部の室内プールは、放課後の今でさえ外からの明かりだけで事足りる。


ちょっと暗いな、って程度のそれは蒼い月夜のようで、電気を点けることで壁やプールサイドに反射しゆらめく水面を消すのは気が引けた。


……本当に水で遊びたいだけなんだ。

わたしにとってプールは部活動の場所で、速く泳ぐ場所で、遊ぶってイメージがないからかな。


たまに泳いだあとは浸かっているだけ、漂っているだけの水島くんを見ていると笑みがこぼれた。


気持ちよさそう。



「……、」

ベンチに座り密かにどきどきしていたわたしは、耳に入った振動音に水島くんのジャージを見遣る。ポケットの中で黄色のランプがちらちらしていた。


失礼します、と携帯を取り出す。


「水島くん! 電話ーっ!」

「誰からーっ?」


画面をもう一度確認してから「りっちゃん!」と返した。


水島くんは不思議そうな反応を見せ、


「出てー!」


と言うので代わりに電話に出ることにした。
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