水島くん、好きな人はいますか。
・境界線を歩く
宿題を学校に忘れたのはわざとだった。
暦の上では立秋を過ぎても夏休みは半分残っているし、照りつける日差しも吹き返す風もまだまだ夏のそれだ。
世間一般では受験生の年齢になって早4カ月。
帰路についたはずのわたしを見つけた先生は「宿題を取りに戻ってきた」と聞くなり呆れたけれど、登校日の半日くらいギブアップしたっていいと思う。
ほぼ毎日見聞きする『勉強』『選抜』『気を抜くな』の言葉に嫌気が差したんだもの。
夏休み前半の宿題だけでも大変だったのに、もっと頑張れなんてあんまりだ。
悲しいかな、それでも受験生が勉強から逃れられるわけがない。
校内に人影は見当たらなかった。3年E組にも生徒はいなかった。
机の中から今日配られた夏休み後半の宿題を取り出し、黒板の真上にある時計を見上げる。
15時51分。
視界の隅で、なにかが“落下”した。
ガサガサ、バキバキッという、木が絶叫するような音に、
「……え?」
自分の声が重なる。
ここは間違いなく3階のはずなのに、大きな“人影”が落ちてきたなんて目を疑った。
窓ガラス越しに見える大木が、はらはらと痛みに泣くように緑色の葉を落としている。
ど、どうしよう……嘘でしょう……?
ごくりと唾を飲んだ次の瞬間、木の葉を掻きわけて出てきた人影はわたしの度肝を抜いた。