水島くん、好きな人はいますか。

その姿は、決めてしまったんだと思わせるには充分で、なにを言っても現実は変わらないんだと痛感させた。


それでもわたしは、


「やだ……」


涙と一緒にこぼしたわがままを、止められなかった。


ぎょっとされたことに気付いても、瞬の静謐さを崩せるなら、怒られることだって厭わなかった。


「やだよ瞬……いなくならないで」

「おい万代。あのな、引っ越すだけだし、」

「うちに住めばいいんだよっ!」

「はあ!?」

「部屋だってあるし、わたし、もっと料理頑張る! 瞬が部屋汚してもっ、掃除、してあげるし……夜更かしにも、付き合うし……それに……」

「……それになんだよ」

「朝から晩まで一緒にいられるよ……?」

「……、」

「黙らないでよ。ねえ、瞬……っ」


嬉しそうにしてよ。楽しそうにしてよ。


バカなこと言ってんな、って怒りもしないなら、こんな戯言に耳を貸さないでよ。


どうしてそんな、悲しい顔でわたしを見るの。


違うの本当は、落ち着き払った瞬の態度を崩したかったんじゃないの。そんな顔を見たかったんじゃないの。


ちょっとでいいから、寂しくなるなって、そんな風にひと言添えてくれたなら、瞬が決めた未来を受け入れられる気がした。


勝手だよね。瞬がどんな気持ちでお父さんについていくって決めたかも知らないで、勝手だよね。
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