水島くん、好きな人はいますか。

てっきり断ると思ったのに、島崎くんは意味ありげな微笑を瞳に含ませ、電子辞書を受け取った。


「うわー高そう。いかにも秀才って感じで便利そう。でも俺は分厚くて重い辞書のほうが好きだな」

「…………」


始まった、と誰も口を挟まずにいれば、島崎くんはその饒舌さを遺憾なく発揮する。


「水島ってコレと決めたら一直線っぽいよな。頑固っていうより、無意識の潔癖症? 部屋も超きれいにしてそう。趣味は整理整頓って感じ。気持ち悪い」


この人はまた……どうしてこんなに脈絡ないんだろう。


げんなりしたわたしの耳に、


「きれいにするもなにも、こいつの部屋なんもねえから整理整頓のしようがねえぞ」


と瞬のはっきりした声が届き、思わず水島くんを見てしまう。

なかば緊張するような、なかば偽装するような眼差しは、するりと毒を持って胸に流れ込んできた。


「ゲームどころかエロ本すらねえ」

「へえ。不気味。隠しただけなんじゃないの?」

「ちょうど掃除したあとだったからだよ」


水島くんは平然と答えるけれど、瞬は「あの本の山どこ行った」と食い下がった。


どうやら瞬は最近、水島くんの家に行ったらしい。


なにをしに? なんて……遊びに行く態を装って確認しに行ったんだね。


「だから、片付けたんだって前も言ったろ?」


微笑む水島くんは本当になにも言わず、わたしたちの前からいなくなってしまうんだってことを。

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