水島くん、好きな人はいますか。
「……いいか万代」
「それ今話さなくちゃいけない?」
「はあ!? てめえが家でも避けるから話しに来たんだろーが!」
「怒鳴らないでよっ……!」
拒絶と恐怖が原動力になって、手が耳を覆い隠してしまう。それでも拾ってしまう、ひやかしの声。
俯くわたしは忍び笑う相手の顔さえ確認できない。
「久々に見たと思ったら、ま~た痴話喧嘩してるよ」
「つーか、まだお互いの家行き来してんの? まじで?」
「呑気でいいよな~。選抜なんか楽勝ってか」
ほら……ほら。だから嫌なのに。
瞬がわたしといたって、メリットなんかひとつも――。
ぐんっと思いきり右手首を掴まれ、顔を上げる。
「お前はいちいちあんなのを気にして楽しいかよ」
わたしがひやかしに俯いているあいだ、瞬は今のようにしかめっ面だったのかな。
「楽しくねえよな? だから聞き流してきたんだもんな? それを今になって聞き流せませんってどういうことだ」
「……離して」
「なにが朝勉だよ。下手な嘘つきやがって」
「瞬、手を離して」
逃れようとする手首をさらに強く握り締められ、ぎゅっと目をつぶる。
「くだらねえこと考えてんじゃねえよっ!」
「そんなに怒るほどのことじゃないでしょ!?」
力任せに瞬の手を振り払い、自由を得た右手を自ら掴み直す。
じりじりとした痛みは見えない手枷みたい。
全身に突き刺さる視線は桎梏のようで、わたしの足は廊下に根を張ったように動かない。