隻眼金魚~きみがくれた祈りのキス~
 蓮が死んだ時のことなんか考えられない。死んじゃイヤだ。そんなのダメだ。
 信じる心が大切だって分かっていたはず。
 
 蓮に生きて欲しい。目を覚ます。必ず意識は戻る。
 神様お願いです。蓮を連れて行かないで。おじいちゃんおばあちゃん、蓮を助けてください。
 どうか助けて。お願い助けて。祈りは本気だ。淡い夢なんかじゃない。
 蓮が助かるならば、あたしは左目も差し出す。見えなくなったっていいから。一生暗闇でも構わない。残ったほうの目を持っていって構わないから。引き換えにしたって構わないから。
 ガラスに手を着いて、祈る。涙で胸元が濡れていく。声を殺して。
 お願いします。蓮を、連れて行かないで……。

 ふと気付くと、後ろに蓮のお母さんが立っていた。力無く微笑むとあたしの横に並ぶ。あたしは涙を拭った。

「詩絵里ちゃん、これ……あの子が持ってたの」

 渡されたのは「臓器提供意思表示カード」だった。2005年にできた地元プロ野球チームのデザイン、クリムゾンレッドの、名詞サイズのカード。
 提供臓器の「眼球」に丸印がしてあり、余白にはあたしの名前と電話番号が書いてあった。それは、蓮の字。
 そんな、まさか。
 膝に力が入らなくなって、あたしは床に座り込んでしまった。

「寒いから……上着を着ていてね」

 蓮のお母さんは、そう言い残して控え室へ戻って行った。
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