隻眼金魚~きみがくれた祈りのキス~
 病院の向かいにある公園。あたしは、蓮の家族と顔を合わせられず、病院から出て、近くの公園のベンチに座っていた。ここからは、野球スタジアムが見える。
 もう夜中なので、車の通りもあまり無く、人も通らない。
 風が冷たい。外気と体温が同じ温度になったように、冷えている。

 集中治療室の、ガラス越しの蓮。管にいっぱい繋がれた人形のようだった。思い出すと胸が苦しい。吐いた息は白く、風に流されていく。
 コートのポケットには、あのカードが入っている。蓮の意志。「臓器提供」という蓮の意志。
 蓮は、どんな気持ちで、このカードに記入したんだろう。ポケットの中で手に触れるカードを出してみる。

 -臓器提供します。眼球-

 それとあたしの名前、電話番号。街灯の明るさで、かろうじて見える、蓮の字を指でなぞる。寒いのもあるけれど、鳥肌が立つ。頬を伝う涙も、一気に冷えていく。
 蓮の意志と気持ち。蓮自身も、まさかこんな風に事故に遭って、生死を彷徨うことになろうとは、思っていなかったと思う。冗談でこのカードを書いたのでは、ないだろうけど。冗談で書くことじゃないし、そういう人じゃないのも分かってる。本気だったろうと思う。
 願わくば、このカードが現実になりませんように。これを使わないで済むように。

「蓮……」

 呟きは、冷たい風に吹かれて飛んで行く。頭を冷やすにはちょうど良さそうだ。今まで、蓮の何を見ていたんだろう。そればかりが頭を巡る。心の目まで塞いでいたのかもしれない。
 蓮が目覚めたら、素直に気持ちを話そう。蓮の話も聞こう。例えばそれが、別れに繋がるとしても。もう会えなくなることになっても。生きて元気でいてくれれば、それで良い。
 スタジアムがよく見える所まで、少し歩く。一歩一歩、勇気が自分の中に増えるよう祈りながら。いまはシーズンオフだから、試合もやっていない。温かくなったら、行きたいな。行ったことないもの。こんなに近くに住んでるのに。

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