隻眼金魚~きみがくれた祈りのキス~
 画面いっぱいに、あちこち飛び回る色の映像。ストーリーがちっとも頭に入って来ない。つまらない。隣のミナトさんは、映画に集中しているようだった。
 光の眩しさにまばたきをした瞬間、ぐらりと眩暈がした。その眩暈が止まらない。脳の中心が揺らされる。……気持ちが悪い。

「……っ」

 いけない、画面に酔ってしまったみたいだ。唾液がたくさん出てきて、視界がグルグルと回っている。吐いちゃう……!

「っと……ごめんなさ……」

 あたしはバッグを抱きかかえ、メガネを外して席を立つ。いきなりで、上映中だったけど、よろめきながら通路に出た。

 トイレ、早くトイレに……! 口を押さえながら、入口を探す。

 どこ、どこなの? 真っ暗で分からない。あたしは、完全にパニックになっていた。さっき、どちらから来たのか思い出せない。

「詩絵里ちゃん!」

 後ろから肩を支えられる。ミナトさんだった。

「は、吐きそう……っ」

「ええっ」

 ミナトさんに抱えられながら、入口を出た。

「お客様、どうなさいましたか?」

「トイレ、すいません、トイレどっち?!」
 
 初デートで吐く女。なんて失態。一生思い出すだろう。ああ、穴があったら入りたいとはこの事ね。穴があったら、埋まりたい。


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