隻眼金魚~きみがくれた祈りのキス~
「もしもし」

「あ、詩絵里ちゃん? いま、家?」

 2コールくらいで出たミナトさんは、そう聞いてきた。なんだろう。買い物袋とバッグを置きながら「いま帰ってきました」と返事をし、金魚の水槽へ顔を向ける。

「仕事でさ、近くまで来たんだよ。出て来られない?」

「そうなんだ。どこに居るの?」

 あたしはミナトさんが居る場所を教えて貰い、またバッグを取って靴を履いた。靴、パンプスでも買おうかな。ミナトさん、背が高いから、高いパンプスでちょうど良いかもしれない。

 ……何がちょうど良いんだか。

 ひとりで突っ込みを入れながら、道を歩く。あの角を右に曲がって行けば蓮のアパート。ミナトさんが今居る場所は、左に行く。蓮も、今日は仕事のはず。あたしは左に曲がって、目的地を目指した。

「あ、居た」

 少しだけ背の高い新しいビルが建っていて、その前にスーツ姿のミナトさんが居た。車に乗っている。自分のかしら。

「仕事でさ。ごめんね呼び出して。乗って。会社のだけど」

 車に会社名が印字されている。営業車か。乗り込むと、暖房で暖かい。

「あ、これ良かったら」

 来る途中に自動販売機で買ったコーヒーを渡した。「あれ、俺も買っちゃった」と温かいミルクティーを渡される。

「あたし、コーヒー飲めないから買ってこなくて。良かったこれ飲むね」

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