隻眼金魚~きみがくれた祈りのキス~
 夕方、みんな帰ってしまった後の小学校校舎を思い出す。放課後。教室の後ろに飾ってある1人1人のお習字。書いたのは怪我をする前のことだ。

 全クラス同じテーマだと先生が言っていて、蓮がなんて書いたのか気になって、休み時間に蓮のクラスの習字を覗きに行ったことがある。

 テーマは「ぼくの夢・わたしの夢」だった。ありがち。いま書けって言われても書けないなぁ。
 覗いた蓮のクラス。誰も居なかった。あたしはそっと侵入して、蓮の習字を探した。蓮は男の子らしい字で「野球選手」と書いていた。

 蓮の夢。将来の夢。やりたかったこと、なりたかったもの。野球選手。
 その時、あたしは、足に根が生えたみたいに立ちつくしてしまっていた。眼帯をしていない方の目が、涙で見えなくて、蓮の習字も見えなかった。あの時の事は、今でも鮮明に覚えている。悲しみと苦しさが混ざってぐちゃぐちゃになった気持ちは。


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