隻眼金魚~きみがくれた祈りのキス~
 額の冷たさが気持ちよくて、目を開けた。カタカタカタ……とキーを叩く音がする。まず見えたのが自分の部屋の天井。視線をずらすと蓮が居て、ノートパソコンを叩いていた。
 仕事してるのか。そういうの風呂敷残業って言うんだよ。会社帰りにそのまま来た感じで、ネクタイを外して腕まくりをしていた。カタカタの音が心地よく、もうちょっとこのままで。蓮も仕事中だしねと言い訳をして、寝たふりをしようと思った矢先「あ、起こしちゃった?」と気付かれた。作戦失敗です隊長。

「や……大丈夫だよ」

 少しがっかり。

「勝手に入ってたから。ピンポンしても出てこねーんだもん。鍵は開いてるし、ビックリしたよ」

「全然わかんなかった……」

「鍵閉めない意味がわかんない。どこの田舎だよ不用心だろ」

 額のタオルは、蓮が乗せてくれたんだ。冷たくて気持ちがいい。カーテンの隙間からは外の暗闇が見える。もう夜になっているらしい。

「いま、何時なの?」

「8時過ぎたとこ。俺は7時頃に来たけど」

「お昼に……メールして、すぐ寝ちゃって」

 なんか、ろれつもうまく回らない。

「どう? 調子は」

 相変わらず体がだるい。特に昼間より良いわけじゃない。喉が痛くてたまらない。唾液を飲み込むと、なんだかゴルフボールでも入っているようで、引きつれて切られる感じがする。

「だいぶいいかも」

 なんだその嘘は。蓮が、ベッドの側へ寄る。ふいにパジャマの襟元から手を突っ込まれた。あたしは、のろくビックリして、口からヒイイと変な音が出た。

「熱、下がってない」

 ああなんだ体温計か。つーかいつの間に挟んだんだよ、おい。38度8分。ええ、そんなにあるの? 四捨五入したら40度じゃんか。「よし」と蓮が小さく言う。

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