小さい頃に習うこと、大きくなってわかること


神様。


お願いだからアイチを返して。


アイチだけは取り上げないで。


みんなにとってアイチはいなくちゃならない存在なんです。


だから返して。



突然、ガタンッと言う音が響いて、足下に振動が伝わってくる。


びっくりして振り返ると、アイチの祭壇の前、棺のフタが床に落ちていた。


目に入ってきたのは、棺の中のアイチにキスをする駆の姿だった。


駆は数秒そうしていてから、ゆっくりと顔を離す。


その目から次々に流れた涙は、棺の中へと入っていく。



駆は少しの間、優しい笑顔を浮かべてアイチを見ていたけれど、やがて彼女の頬に手をあてて言った。


「何で死んだりするんだよ」


その表情は悲しそうだったけれど、少しするとまた優しい笑顔が浮かぶ。


その笑みはあたしたちがずっと見てきた幼なじみの駆とは違う、男としての優しい笑みだった。


「愛してる」


アイチの頬を触るその手が震えていた。


「愛してるよ、愛生」


駆はそれだけ言うと、その場に泣き崩れた。


勝ちゃんがそれをすぐに支えに行ったけれど、もうそれ以上、その光景を見てはいられなかった。


棺に背を向ける。


涙がずっと止まらない。


神様。


どうしてこんな残酷なことをしたんですか?


















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