小さい頃に習うこと、大きくなってわかること
開け放たれているドアを2回ノックしてみる。
誰が出て来るのかはもちろんわかっていたけれど、少しだけ元の住人が出て来ることを想像している自分がいた。
想像したところで悲しいだけだとわかっているけれど、そうしてしまう。
そしてやっぱりそれは悲しいだけでしかなかった。
「あら、真海子。いらっしゃい」
中から顔を出したのは、ぽっちゃりした体型のおばあちゃん。
髪をキュッと後ろでお団子にして、メガネを掛けた優しい顔。
「千津(ちづ)ちゃん。お邪魔します」
そう返す挨拶に悲しみは見せないようにした。
1年も経っていると言うのに、未だにあの出来事を抱えて歩けないなんて情けない。
「どうぞ。上がって」
千津ちゃんの明るい声を聞いてから、靴を脱いで部屋に上がった。
短い廊下の先にはリビング。
そして、その右側にはさっき窓が開けられていた部屋がある。
元は寝室として使われていた部屋。
けれど、今はもう、寝室ではなくなってしまった。
「また賑やかになったでしょう?」
千津ちゃんは窓を閉めて、クーラーを入れると、いつものようにニコニコしながらこっちを見た。
シワの出来る優しい笑顔。