小さい頃に習うこと、大きくなってわかること


午後11時。


いつものようにアパートの下に行くと、珍しく、アイチの方が先にいた。


青い自転車の荷台に手を置いて待っていた彼女は、あたしの姿を見つけると、自転車を取り出しにかかる。


「どうしたの?今日は早いじゃん」


バックしてくる自転車の後ろで聞いてみると、アイチはツッコミを入れるように答えた。


「あと2分くらいで11時だよ」


確かにそう言われると、特別早いわけでもない。


けれど、何となくアイチが先にいる風景には違和感がある。



アイチはいつものように自転車にまたがると、ハンドルを握って、あたしが後ろに座るのを待った。


あたしはいつものように荷台にまたがってサドルを持つ。


自転車はいつものようにエッグに向かってゆらゆらと走り出した。


いつも、から外れたのはそれからすぐのことだった。


「ねぇ、新宿のどこ行って来たの?」


ごく普通の雑談のつもりでそう口にした。


とくに探りを入れたわけでもなかったし、何か疑いを持っていたわけでもない。


あたしの問いに前からの返事はなかった。



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