ひこうき雲
─302号室

ピンポーン…


ゆっくりと扉があいた。



「おう、おかえり」

いつものように出迎えてくれる遼希。

「ただいまあ!疲れたよー」

玄関先で遼希に飛びついて
あたしは甘えたような声を出した。


「入りな。バイト、どうだった?」

あたしが抱き着いたまま
遼希が向きを変えて玄関にあがる。
ちょっと不安そうな声の遼希。

「んー、まだまだこれからって感じかな。なんもわかんないし!とにかく自己紹介緊張したよーあはは」


靴を脱ぎながら答えた。

遼希はなんだか不思議そうにあたしをみる。



「しかしなんでなん?いきなりバイトとか」

「んーとね、やっぱ自分で思いっきりつかえるお金が欲しいから、かな?今度、一夏たちと旅行行ったりするしね」



本当に、これだけの理由だった。


「でもお前ん家、ちゃんとお金与えてくれるじゃん?なんでまた…」


バイトすることは前から言ってあるのに…。


「なんで?今日の遼希しつこい!」



リビングに入ったところで
あたしがぷいっとそっぽを向くと
いきなり後ろから伸びる両腕。

その腕はきゅっとあたしをしめつけて
今度は少し渇いた唇がうなじの辺りにキスを落とす。



「…んっ、ねえ!遼希!!」

背筋が一瞬凍る。



遼希は、いつもこう。
自分にだけわからないことがあったりすると
あたしの制止も効かないくらい
強引になる。



「遼希!ねえってば、やめてよ」


向き直って少し強く、遼希を突き飛ばした。



今まであたしを支配していた
温かいものが一気に離れる。





「あまねさぁ…」


すごく、低い声だった。



「なに?」

あたしの声は震えた。


「……あ、うん。いや…なんでもないけどさ」



……は?




「あははっ、びっくりした?」



いつもと同じ、思いっきり笑う遼希。




「なっ、なんだよもお!急に壊れたかと思ったじゃーん」


「ごめんごめん」



そしてまた、遼希の中に包まれる。






あたしはこの時まだ
わかるはずもなかったんだ。



遼希がなにを訴えかけていたか。


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