拝啓、親愛なる眠り姫へ
「で、これでわだかまりは無しでー、めでたしめでたしって形で終わったんでしょ?」

「え、何でそこまで分かるの!?」

「塚本くんの謝罪も、そもそも必要なかったんでしょ? だって珠結、塚本くんのこと怒っていても嫌いでもなかったんだから。逆に謝られちゃって、驚いたんじゃない? それくらい分かるよ。だってわたし、珠結の大親友なんだから」

 ふふん、と胸を張る杉原さんはやはり、言葉通り大親友なのだと思う。しかし同時に、越えられない壁があるのだということも。彼女もきっと、分かっているだろう。

長年によって強固な絆で築き上げられた、高くて厚い壁。俺だって実感していたし、適わないと悟っていた。

「あの二人…ううん、何でもない」

「なあに? 気になるから、最後まで言ってよ」

「うん、でもな。今更だなあって思ってさ」

「じれったいなあ。ほら、言っちゃってよっ」

 口ごもる俺をジトリと見つめて、杉原さんは今にも手にした箸で突っついてきそうな雰囲気だ。そうなる前に、ぶっちゃけてしまうことにする。

「……両想いだったと思う? あいつら」

「今更だね」

 即答する杉原さんは眉一つ動かさない。だよねと返しながら、俺は目を伏せる。

彼女はもういない。全ては過去の彼方の話なのだ。今更ああだったんだろうねとネタバラシした所で何の意味も見いだせない。

「俺さ、つくづく思うんだ。あいつには、幸せになってほしいんだよ」

「わたしも。幸せになってほしかった、誰よりも」

 各々の願いの対象は各々の親友であり、未来形と過去形が鏡合わせで繋がり合う。

一つは永遠に叶うことはないが、もう一つは可能性は残されている。ただし、楽観的に見られる状況ではない。

「この前、同窓会があったんだよね。あの頃と、変わってないの?」

 うん。返せば杉原さんは明らかに落胆したように息を吐く。あいつは今でも、恐らくこの先もずっと。

ーーー心に想うは、ただ一人。

 現れるだろうか。あの瞳(め)を手に入れられる女性(ひと)は。その呟きに、杉原さんはリスのような目を瞬かせた。

「一之瀬の魔眼(め)は永峰さんだけのもの。永峰さんしか引き出せない、特別の証だった」

 あいつの誠実といった人間性を示す強さは普段の眼差しでも表れていた。でも。

どんなに激しくも理不尽な敵意を向けてくる相手でさえひれ伏させてしまう。非常に危険だった、とある一例を共通の 知人から聞いたことがある。

それはつまり、その特別(かのじょ)を守るためであって。

そのためならどんな状況でも、相手が誰であっても。それこそ自分に危険が及ぶことになったって。

 あいつは、眼を見開いたんだ。

何としてでも、守りたい。この身に代えてでも、何としても絶対に。言うだけなら、思うだけなら簡単だ。しかに実際に鬼気迫る状況に陥って、その通りに行動できる人間などこの世界にどれだけいるだろうか。

「言われてみたら、そうだね。珠結を避けてたり恨めしそうな目で見てたり、ホントに時々だけど親の敵のように遠くから睨んでる塚本君への視線、厳しかったし。あ、でもその頃のはまだ序の口で、珠結達が絶縁状態の時といったらもう…」

「うわっ、皆まで言わないで! 思い出すだけで、ゾッとするからさ。もう二度とあんな思いはゴメンだよ」

 俺は条件反射のように耳を塞いだ。杉原さんの表現を借りれば“すごーく、おっかなかった”。軽く聞こえてしまうが、冗談ではなく恐ろしかったのだ。

第三者の友人がその場にいなくても、一之瀬は普通に口を聞いてくれた。くだらない雑談の中で笑ってもいた。

それなのに、眼は。時折スウっと冷えて無言で俺を見つめていた。

俺のしたことは、一之瀬の大切な彼女があいつから離れていったきっかけとなった。それなのに「お前のせいで」と直接責められたことはない。一之瀬の俺への態度は以前と変わらなかった、表面上は。

いっそ罵るなり殴るなりしてくれれば、まだ気だけは楽だったのかもしれない。変な話だ、無反応が却って虚しくて寂しいだなんて。

よっぽど堪えたし、元の鞘に収まってくれたことに心底ホッとしたものだった。

「…ホント、バカだよね。あの子達ってば。同じ想いを抱えてながら心の奥底にしまい込んで、すれ違いもして。私だったら…全部打ち明けちゃうのに。そうすることで未来がどんなに悲しい物になるとしても」

 後悔は、しなかった。杉原さんの言葉は、俺の心に重くのしかかる。それでも、俺は。

「杉原さんと選択は違っても、あの二人は後悔してないと思う。むしろ最善の選択だったと納得さえしてる気がする。人が思うより、あいつらは複雑だし」

 そして、純粋すぎたのだ。

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