拝啓、親愛なる眠り姫へ
 そうだね。余計なことを言っただろうかと思うも、彼女は微笑んですらいた。

あの二人が納得していようと後悔していようと、俺達が言うべきことなど何もない。だって俺達は彼ら自身ではなく、部外者なのだから。でも、せめて彼らに思うことは。

「幸せになってほしいよ、二人には」

 二人? 不思議そうに尋ねる彼女の目に映る俺は、きっと泣き笑いの表情をしていることだろう。

「バカなことだろうけど、永峰さんさ、死…というか、その。いなくなった、とは思えないんだよね。俺たちの知らない遠い場所で今も、笑ってるように思うんだ」

 最後に見た彼女の顔は、あまりに穏やかでいて安らかでいて。一度だけ見た病室での、どこか憂いのある寝顔と違って晴れやかでいて。

さて起きるかな、と欠伸一つして今にも起き上がるかのように映ったのだ。勿論、そんな奇跡など起きはしなかったのだが。

「へぇ、塚本君てさ…意外とロマンチストだね。そういうこと言うような人とは思わなかったよ、意外」

「…それってさ、褒めてる? 貶してる?」

「えー? やだなあ、前者に決まってるよぉ! これは良い意味で裏切られたよ、はははっ!!」

 浮かれたようにバシバシと俺の肩を叩く彼女は、本人の自覚無しで結構酔っているのかもしれない。6回程で解放されたが地味に痛い。

ありがとう。肩を擦りながらも聞こえた囁きに、照れ臭さから、すでに空になったグラスを再び煽る。小さくなった氷を噛み砕いて飲み下した時には、彼女は通常の懐っこい表情でジョッキを飲み干していた。

「よっし、今夜は飲むぞっ。さーて、次は何飲もっかな~」

「え!? まだ飲むの? 冗談でしょ!!」

「んー? こんなのまだ序の口でしょ。あ、焼酎もいいなぁ。芋と麦、塚本君はどっちにする? 私はロックにするとして…迷うなー」

 俺も飲む前提ですか!? ただでさえ限界が近づいている状況で、焼酎はあまりにもキツイ。というか、そもそも飲めない。

男のプライドを擲ってでも、お断りの旨を伝えようとしたところで店員がラストオーダーの確認に来た。神の使いとも呼べる若い店員は、くだけた口調で杉原さんと言葉を交わす。

「うっそ、もうそんな時間? じゃあ、いつもの"アレ"お願いね。今日は二つね!」

 苦笑いを浮かべながら、店員は俺に会釈して暖簾の向こうへ戻っていく。あの様子じゃ、よっぽど強い度数の酒が運ばれてくるのだろう。俺の分も一緒に。

こうなれば腹をくくるしかないだろう。後で冷やを頼むとするか。間違いなく明日襲いかかる二日酔いの薬はあっただろうか、いや持ってない。帰りにコンビニに寄らなくては。

 酔いが回ってぼんやりする思考回路を何とか働かせていると、「お待たせしました」の死刑宣告が降ってきた。

 お盆に乗った二杯の液体は、確かに酒だった。だがそれらは予想とは全く異なるものだった。

「…ブルーハワイ?」

 名前の通りのハワイの空と海を連想させる透き通った青に、飾り付けられたパイナップルとデンファレが南国感を演出する。

居酒屋にカクテルとは意外に思えたが、今時珍しくないという。確かに他にも数種類のカクテルがメニューに載っている。

「りーさん、いつも必ずこれ頼むんですよ。かなりの蟒蛇なのに、意外ですよね。これに何か思い出とかあるんですか? 元カレが好きだったとか」

 絶対に教えてくれないんですよ。杉原さんは意味ありげに笑うだけで、ただ首を傾げてみせていた。ストローでかき混ぜている砕けた氷は、一説では波しぶきを表しているらしい。

 彼が去ると、杉原さんは俺に向かってグラスを掲げた。

「わたし達の、幸せを」

 その続きを、杉原さんは言わなかった。ただ俺を見つめて続きを促しているようだった。一拍の間を置いて、まるで俺は自分が何を言うべきか分かっていたかのように自然に無意識に口を開いていた。

ーーー誓って。

短く呟き、同じく掲げたグラスが小さくカチリと鳴った。

 祝う、願う、祈る。乾杯とはいえ、どれも違うような気がしていたのだ。ラムの香りと甘く爽やかな甘味に舌鼓を打ってから、はっと気づかされた。

同時にその理由とも呼べなくもない、いつかの出来事がはっきりと脳裏に甦って納得するに至った。
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