ミスティ ムーン=静かなる調べ=
小話を一発
―小話を一発―

 カウベルを鳴らして輝くような美脚をした紅いハイヒールの女性がさっそうと入ってきた。


『待った?』

『いいや』

 彼女はすっと目の前の席に座ると、長い脚を見せつけるように組んだ。

『コーヒー一つ』

 彼女は首筋にかかった長い髪を背に流して言った。

* * *  


 ぽりぽりぽり。彼女は丹唇に鉛筆をくわえて、紙面に赤でチェックを入れてゆく。

「っあー! イマイチ、イマニよ」
 
 僕は浅く腰掛けた座席から、姿勢を正した。

「いーい? ここはア……」


* * *  


『ブルマン一つ。ああ、君の好みはカフェ・ラテだったね』

『遅くなったかしら』

『いいや、美人を待つのも楽しみのうちさ。今日の君の美しさも格別だね』


「で、男の寛容さと愛情、優しさ、気遣いを見せるのよ。わかる? ここは良い男って思わせなきゃ、読者つかない。釣れない。あと優しいだけもダメ。あくまでミステリアスに」

「は、はいっ、とメモメモ」

 僕はいい女を書きたがる癖があるので、いつも長崎担当に叱られる。

 もっと気障な男を書かなくちゃいけない。わかってるのに……僕、縁がないからなあ。

 そんな僕は長崎担当に密かに(はあと)なのだが、いつまで経っても勝算はあがらない。

 もう何度も聞かされた美しい声でがなり立てられる。

 ああ、いい声だ。

 いつぞやはきわどいのをもってって、エロでグロのナポレオン文庫かと怒られたっけ。

* * * 


「ほんっとに! もう! うちはハーレクイン! 女性向けラヴ・ロマンスだって、わかってらっしゃるの? 全くもう! これじゃハードボイルドよ!」

 と、言葉遣いは乱さず、鼻息を荒くして筋肉だるまのようなニューハーフの長崎担当はこちらを睨んだ。

 僕、筋肉はスキなんだけど、もう一生この人とは縁がない気がするな。

 だって、僕、女の子だから相手にされてない気がする……

                  END


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