翼の約束
「それ、あの、終わるまで見てもいいよ・・・。」

南君の無表情がとても怖くて、私は慌てて、あ、いいならべつにいいんだけど。と付け足した。

「まじか。じゃあ、あとちょっとだけ見せて。」

南君はふっと笑って、離しかけた机をまた私の席にくっつけた。
私はほっとした。どきどきは収まらないけれど、なんだか達成感に満ち足りていて、緊張は少し解れてきた。

「中村さん、数学得意なんだね。」

ほっとして気が抜けているときの不意打ちに、私はびくっとして振り返った。南君はペンを走らせる手を止めないままにそう言った。

「え、いや、そんなことないよ。」

どうしよう。美佐とか、晴香とかと話すときには全然普通に喋れるのに!私は消えるような声しか出せない自分を呪った。

「だって問題解くのすっげ早いじゃん。俺、数学とか全然だからうらやましいよ。」

ま、他のも全然だめだけどね。と南君は付け足して笑った。私も、どうにか顔を動かして笑ってみた。

「あ。」

私は、一週間前のことを思い出した。今言わなくちゃ。この次なんて言ってたら、もしかしたら何ヶ月も先かもしれない。

「なに?」

南君は顔を上げて私を見た。やっぱり、この距離は近すぎる。私は南君の顔を正面からちゃんと見られないまま、小さな声で言った。

「えと、この間は、笑ってごめんね・・・。」



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