世界を敵にまわしても
第1章:月に願ったカタルシス
夜明け待つおぼろ月
「返却日は1週間後です」
図書委員に差し出された本の表紙に『パリのヴィルトゥオーゾたち』と書かれていて、思わず苦笑いがこぼれた。
……適当に選んだにも、ほどがあるな。
本を受け取り、重い足を引きずるようにして図書室を出る。
ドア1枚へだてた先は、あたしにとって憂鬱でしかない。
――4月。
高校に入学して2年目。
新しいクラスでも友達が出来た。そこそこ偏差値も高い高校で、制服もそれなりに可愛いし、校則もさほど厳しくない。
それで十分。楽しいじゃない。
そう本当に思っていれば、大半の生徒が1日でもっとも待ち遠しいであろう昼休みを、1人図書室で過ごさずに済むんだけど。
廊下で騒ぐ男子や立ち話をする女子を横目で眺めていると、ブレザーのポケットから微振動が伝わった。
少し考えてから黒い携帯を開くと、予想通りのメール。
“どこにいんのー? 次移動だよ!”
パチンと携帯を閉じて、あたしは小さく溜め息を吐く。メールの内容と、自分自身への溜め息。
あたしの学校生活は、廊下を賑わす生徒たちとは少し違う。
満面の笑顔で『高校生活、超楽しい!』なんて、口が裂けても言える気がしない。