世界を敵にまわしても
「たまに図書室に居るでしょ? 昼休みとか」
「……本、というより図書室の雰囲気が好きなんです」
何の本が好きと訊かれても困るからそう言った。
図書室の雰囲気なんてよく分からないし、昼休みに居る理由も全く違うけど。
どうせ誰も気付かない。気付くわけがない。
パチンッとあたしだけが鳴らしたホチキスの音に続き、朝霧先生も鳴らす。
まるで、分かった!というように。
「なるほどね。静かなとこが好きなのか」
「……」
「うん、そんな感じ。でも勿体ないよ」
……何?ますます分からない。
この人が、本当に人気者なの?
「せっかくの高校生活なのに。楽しまなきゃ損だ」
それが当たり前だとでも言うように、朝霧先生は他の誰でもないあたしだけに微笑んでみせる。
ときめきなんて感じないまま再びプリントを止めたけど、ホチキスの針は無骨にも少し曲がっていた。
「楽しいですよ。先生から見てどうかは知りませんけど、人によってどう過ごす事が楽しいかなんて違うじゃないですか」
失敗した針を抜くと、朝霧先生は「んー」と悩ましげな声を出す。
「まぁ、そうなんだけど。俺には楽しんでるっていうより、楽してるように見えるんだよね」
グッと力を入れたはずのホチキスが、今度はカシャッと間抜けな音を立てる。それが余計にあたしを苛立たせた。
芯が無くなったホチキスをテーブルの上に置くと、朝霧先生が当たり前のように芯の補充をする。
楽?あたしのどこが、楽をしてるように見えるわけ。
「……教師って大変ですね。そうやって、生徒1人1人のこと気に掛けてるんですか? 先生に至っては、臨時なのに」
我ながら、嫌味な言い方だと思った。
今日初めて話した人に、こうも図星をつかれるなんて思わなかったから。悔しいというより腹立たしくて。