世界を敵にまわしても
「もういいです。帰ります。本返してください」
「え? 何で?」
何で!?
……驚く。何なんだこの人。
朝霧先生は、あたしが感じた雰囲気より更に上を行く人だ。壁を感じないどころか、本当にいとも簡単に人の壁をブチ壊してくれる。
騙された。
いや、騙されたと思うほどこの人のことは知らないけど、人伝いにそれなりの情報は聞いて知ってる。
穏やかで、優しくて、会話上手……。
どこが!!
あたしには、ただの失礼な人にしか見えない。
「やっぱり帰ります。この空気に耐えられません。本も返してください。自分で返しに行きますから」
クックッと喉を鳴らして朝霧先生は立ち上がったあたしを見上げている。
「高城の素、好きな奴絶対いると思うよ」
「……ありえません。素なんか出したら独りになります」
いくら人の本心を見抜けたとしても、たかが30分程度で全部分かったような口を利かないで欲しい。
「まぁ……理由は知らないから何とも言えないけど」
腰を上げた朝霧先生は机の上にある教科書と本を取って、表紙を見つめた。
あたしが適当に借りたその本が、今は心底嫌いだと思える。
「自分をごまかし続けるのも、逃げ続けるのも、寂しくない?」
それさえ借りなければ、こんな嫌な想いをせずに済んだのに。