世界を敵にまわしても


『事故でね、神経傷付けちゃって。左手は人差し指と小指以外うまく使えないんだ』

「……他は大丈夫なの?」

『うん。って言っても、私生活には影響ないから。特別不便だってわけじゃないよ。俺右利きだし』


いつもと変わらない声だった。でも幾分、明るく話そうとしているようにも感じる。


「……事故って、いつ?」

『んーと……大学3年の時だから、3年前かな』

「……何で?」

『音大卒だって言ったでしょ。色々楽器も扱うんだけど、整備してたらガッとね。手を切っちゃって……それで』

「……」


――分からない。先生が今どんな顔をしてるのか、声だけでは分からない。


事故は、左手の欠陥は、先生にとって大した事じゃないんだろうか。


「……先生」

『ん?』


今、どんな表情?
どんな気持ちで話してくれてる?


顔が見えないだけで、こんなにも不安になるなんて。


無条件で、何の約束もなしに学校で逢える状況は、幸せな事だったんだと再確認させられる。


黙ってしまったあたしと同じように先生も口を噤んで、時間だけが過ぎる。


逢いたい。
でも、逢ってどうするというわけでは無いのに。でも逢いたい。


ただ直接話がしたい、自分の目で先生の顔が見たい。


それだけだ。
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