世界を敵にまわしても
「あっ! さつきおにーちゃん!」
ブレザーを脱いでいると大学2年生の兄、皐月がリビングに降りてきた。
兄はあたしを一瞬だけ見て、那月の目線に合わせて腰を折る。
「那月。分かんない問題あるって言ってただろ。教えてやるから持ってきな」
「ほんとー!?」
「あら、良かったわねぇ那月」
キッチンから出てきた母に、那月は嬉しそうな笑顔を見せて、兄の前でピョンピョンと跳ねた。
「待って待って、今もってくるから! 待っててね!」
バタバタと騒がしく2階へあがる那月を見る目は、兄も母もとても優しい。あたしに向ける瞳とは違って、慈愛に溢れている。
「……」
脱いだブレザーをバサッとソファーに置くと、その音が気に入らなかったのか、母があたしの名前を呼んだ。
振り向くと、先程とは真逆の瞳があたしに向けられている。
「皐月と那月を少しは見習ったらどうなの?」
「母さん。いいから、那月の飲み物でも用意して」
兄が煩わしそうに言うと、母は「そうね」なんて言ってあたしの横を通り過ぎた。
代わりに前へ立った兄は、あたしを庇ってくれたわけじゃない。
「お前も少しは頑張れ。あんまり母さんをイラつかせるな」
「……」
兄が母を制止させたのは、母が苛立ってヒステリーを起こすと自分の気分も害されるから。それが嫌なだけ。