世界を敵にまわしても
スケープゴート
――ずっと忘れられない事があった。
中学3年生のあたしは、母と目が合っただけで背中に戦慄が走ったのを今でも覚えている。
希望が絶たれた娘を見限る瞳に、あたしは怯えたんだ。
捨てられると本気で思ったほどに。高校受験に落ちたあたしを見る母の瞳は、絶望感に溢れていた。
「おねーちゃんキレーッ!」
6月下旬の金曜日。めかし込んだあたしを見て、那月がピョンピョンと跳ねている。
「あぁ、今日だっけ? 友達とクラシックコンサート」
あたしに抱き付こうとする那月を押さえながら兄が言うと、母が眉を八の字にした。
「高かったんだから、行儀良くなさいよ」
「うん、気を付ける」
黒い膝上のワンピースに、薄ピンクの5分丈ファージャケット。椿に見立てて貰ったのだけど、お金を出してくれたのは母。
この前の試験で断トツ1位だったあたしに、ご褒美として買ってくれたんだ。
その上「頑張ったわね」と言ってもらえたから、もはや奇跡としか言いようがない。
……なんて、部屋で1人飛び跳ねる勢いで喜んだけど。
「あ、じゃあ。もう行かなきゃ」
「あんまり遅くなるなよ」
「いってらっしゃーいっ!」
兄のそばで手を振る那月に笑い返して、あたしは家を出た。