世界を敵にまわしても
――ベートーヴェン ピアノソナタ第14番「月光」
お風呂から上がって直ぐにあたしは兄のパソコンを借りてその曲を調べたけど、止めておけば良かったと心底後悔した。
耳の不調を感じていたベートーヴェンが、当時恋していた女性に捧げた作品だったから。
孤独と、苦悩と……失恋。
先生は昔からこの曲を好きだったかもしれないのに、左手の欠陥と零さんとの別れを勝手に重ねてしまう。
あたしは零さんのことを調べるのもやめて、パソコンを閉じた。
『……意見ていうか、価値観? 将来進む先は一緒だったはずなんだけどね。どこかで食い違った』
……嘘ばっかり。どこかで食い違ったんじゃない。先生が左手を怪我したから、進む先が違ってしまったんでしょ。
2人で歩むはずだった未来は、先生の怪我で別つことになったんだって……そう、最初から言ってくれれば良かったのに。
部屋に戻ると、濡れた髪も乾かさずに布団に潜り込んだ。
頭が痛い。寒くて体が震える。気を抜くと涙が溢れてしまうから、ギュッと強く目を瞑った。
……先生。
ねぇ、先生。
あたしは……本当のことが知りたかったけど、今もそう思ってるけど。
ごめんって謝って、好きって言ってくれるだけでも良かった。
嘘でもいいよ。
良くないけど、今1番その言葉が聞きたいんだ。
閉じた瞼からジワリと涙が滲んで、頬を滑る。
――お願い先生。
もう一度、好きと言って。
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