世界を敵にまわしても
「その曲は、先生が作ったんでしょう?」
ドアを開けて音楽室に入ると、やっぱりピアノの前に座っていたのは先生だった。
項垂れてる先生を想像したんだけど、きっとドアの開く音で顔を上げたんだろう。
あたしを映した瞳が、大きく見開かれていた。
「……美月」
2人きりの時だけ、あたしを高城じゃなくて美月と呼ぶ先生の声は小さかった。
それでも、耳の奥まで響く。
最初からそうだった。
あたしに向かって囁く声は旋律のようで、あたしに触れる指先は奏でるようで……。
「途中でいつもつまずくのは、左手のせいだよね」
溢れそうになる想いを閉じ込めるように、ドアを強く閉めた。ほんの僅かな隙間からも零れないように、しっかりと。
あたしは足を踏み出して、椅子に腰掛ける先生より少し離れたところで立ち止まる。
見つめてくる2つの瞳に、期待しちゃいけない。
今だけは、先生から本当の話を聞くまでは、意地でも強がらなくちゃいけないの。
「教師になったのは、ピアニストになれなかったからでしょう?」
校庭から、この場に不釣り合いなほど明るい声が聞こえる。それは雰囲気を緩和するどころか、さらに張り詰めさせた。