世界を敵にまわしても
「先生は、将来有望なピアニストだったんだよね」
あたしはそう言って、ブレザーのポケットから晴に貰った紙切れを先生に見せた。
つき出したそれを見て、先生は僅かに目を見開いたけど、直ぐに視線を鍵盤に落とす。
「……コンクールで何度も優勝して、オーケストラとも共演して、ソロリサイタルもして、海外でも活動してたんでしょう? ……朝霧 ソウって名前で」
15歳でフランスデビューを飾った、天才。
「……」
黙る先生に、あたしは紙切れを持った右手を下げた。
これは、朝霧 ソウの記事だ。20歳前後の、まだ幼さが残る顔の先生。
今とは全く真逆で、だけど恐ろしいほど綺麗な先生が載っていた。
3日前には想像がつかなかったけど、記事の写真を見れば納得出来る。
スッと伸びた鼻筋に赤みが薄い唇とか、潤んだような艶のある黒目とか、綺麗な二重は今と変わらない。
だけど眼鏡がないだけで、両耳に小さなピアスをしてるだけで、だいぶ印象が変わる。
何より、透き通るような金髪が今の先生とは別人のようだった。
椿より綺麗な金髪なんて初めて見たし、生まれつきのものにさえ見える。
――これが、先生の本来の姿だ。