世界を敵にまわしても
「当たり前に同じ音大に進んで、その頃には俺も零もピアニストとしての道がすでにあったから……音大に入ってすぐ、付き合った。特別な言葉は無かったけど、なるようになったっていうか……」
「……」
なるようになった、か。
あたしとはまるで違う。
それが余計にチクチクと胸を痛めつけるけど、先生から目を逸らすことだけはしなかった。
けれど続いた言葉に、あたしは思い切り眉を寄せる。
「同棲もしてたんだ。大学1年の夏から」
先生は相槌すら打たないあたしに気付いてるのか気付いてないのか、ポツリポツリと話す。
ひとつひとつ思い出すように。
その頃を、懐かしむように。
「何てことない、平凡な日々だったよ。毎日ピアノ弾いて、談議を交わして、将来を語って……出逢った頃と変わらない。国際コンクールに出たり、日本でオーケストラと共演したりはしてたけど、何も苦じゃなかったから。……俺はきっと、幸せだった」
記事を見て分かっていた事だけれど、先生の口から直接聞くと急に実感が湧く。
本当に凄いピアニストだったんだと。
だけど……
「でも……」
あたしにはそんな姿が想像出来ないんだよ、先生。