世界を敵にまわしても
「1週間ぶり、先生」
先生はベランダに足を踏み入れず、開けっ放しにしていたドアの前で立ち止まっている。
あたしは手すりに背中を預けて、あまり顔色の良くない先生に苦笑した。
「先生そんな、泣きそうな顔しないでよ」
「……泣かないよ。俺は、泣き方を知らないから」
いつものような穏やかな微笑みを見てホッとしたのは一瞬。
その穏やかな表情の裏に湛えられた深い悲痛と寂しさを感じて、胸が一杯になる。
「ねぇ先生」
「……ん?」
「この前、あたしが言ってた事の意味が分かる?」
先生はわずかに目を見張ってから、ちゃんとあたしの目を見て「うん」と言った。
その後すぐに目を伏せて開いたドアに凭れると、微風が先生の黒髪を揺らす。
「ごめんね。俺が弱虫だから、美月に余計な心配掛けた」
「……」
ふわりとなびいた黒髪が再び顔に掛かると、先生は初めて前髪を邪魔そうに横へすいた。
……コンサートの日と記事の写真で別人のような先生を見たからだろうか。
学校での先生が、前にも増して綺麗に見える。
端正な顔は美しいという言葉がピッタリなのに、全身から醸し出される雰囲気には独特の物悲しさを感じた。