世界を敵にまわしても


「先生はまた、ピアノを弾くようになる」


努力することを知ってるなら。その結果で味わう悔しさも、幸せな気持ちも知ってるなら。


今は忘れてるだけで、きっとまた思い出す。


あたしはそうであってほしいと思う。


「専業主夫だなんて、先生を侮辱してる」


目を見開いていた零さんはあたしのその一言に俯いて、肩を震わせた。


「……くっ、あはは! そう……それが、美月ちゃんの望むソウなのね」


口元を手の甲で押さえながら、あたしを見る零さんは何がそんなに可笑しいんだろう。


無理だと思うから?バカみたいだと思うから?


そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない。


零さんはひとしきり笑うと、頬杖をついてあたしを見つめる。品定めするような視線に黙っていると、零さんは僅かに首を傾げた。


「あのね? 大学生だった頃は、お互い耐えられなかっただけなの。中学からずっと一緒で、夢だって同じだった。ずっと、一生、そばにいると思ってたのに。いきなり壊れてしまったから」

「……」

「だけど今は違うわ」


ドクン、と脈が一際大きく鳴る。


こんな時に、嫌なことを思い出す。あのコンサートの日、零さんと初めて目が合った時。


視線が絡まって、背筋がゾクリとしたことを。
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