世界を敵にまわしても


「……美月?」



――泣いちゃダメだ。

まだ、泣いちゃダメ。


先生は眼鏡を掛けていなくても、ハッキリとあたしを見つめていた。名前を、呼んだ。


歩み寄ってきた先生と玄関の外に立つあたしを交互に見て、零さんは口を開く。


「訪ねてきたから入れてあげたの。ソウの、元生徒さんでしょ?」

「っ先生!」


邪魔されたくない。零さんの声は、聞きたくない。


「先生、本当に辞めるの? もう戻ってこないの?」

「……」

「戻らないのよね?」


黙って。喋らないで。零さんに聞いてるんじゃない。


「先生……っその外見は何? ピアニストに戻るの!?」


眼鏡をかけていない先生は、黒髪じゃなく金髪の先生は、あの記事の写真のまんまだった。


先生はしばらく呆然とあたしを見つめて、一度うつむいてから顔を上げる。


その表情は苦しそうにも、怒ってるようにも見えて。


玄関に置いてあった靴に足を引っ掛けると、先生はあたしの目の前までやってきた。


……やっと逢えた。


もう、逢えないんじゃないかと思った。


けれど先生から発せられた言葉は、あたしの胸を深く抉る。


「何で来たの……」


眉間にシワを寄せて、あたしを見下ろす瞳は温かさの欠片もなかった。
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