世界を敵にまわしても
「ハル坊久しぶりだな。飲み物は?」
席に着いた瞬間、あたしは吹き出しそうになったのを慌てて堪える。
「久しぶりー。俺コーラ。美月は? ……何笑ってんの?」
「べ、別に……アイスティーある?」
「あるある。それでお願い」
「了解でーす」
ハル坊って……!
きっと昔からここに入り浸ってたんだろうなとは分かったけど、あまりにも似合う呼び方に、しばらく口の端が上がりっぱなしだった。
「ねぇ晴、あたし大したこと話せないよ?」
アイスティーにストローを指すと、晴は「あぁ」と言ってコーラを口に含む。
「別にいいよ。話すか分かんないし、多分もう見えたと思う」
言いながら晴はステージでヴァイオリンを弾く女の人を指差した。
「あ……真ん中の人だね、晴のお母さん」
「そうそう」
前にコンサートで見た時は遠くてよく見えなかったけど、今なら分かる。
晴、お母さん似なんだ。
「お父さんはどんな感じ?」
「んー……寡黙」
「フッ……! そうなんだ……っ」
うるさいとか騒がしいとかそういうイメージだったのに、まさかの返答だ。
耳に入っていた音色が消えると、観客から拍手が起こる。あたしも真似していると、晴が立ち上がった。