世界を敵にまわしても
先程まで談笑にふけっていたお客さんが、観客に変わる。
静かになった店内には、先生がピアノに向かう足音を響かせた。
……何で。
先生はピアノの椅子に腰掛けて、うつむく。
金色の髪がスポットライトに照らされて、初めてその髪を綺麗だと思った。
……何で、先生。
何でそこにいるの?
座る場所、間違ってない?
「ねぇ……アレって」
「……よね? 似てない?」
「え、本人?」
回りの観客がヒソヒソと話し始める声に、ハッキリとした声が交じる。
「朝霧 ソウだ」
期待に胸を膨らませるような声。
あたしは、先生から目を離せない。うつむいていた顔をスッと上げた先生の横顔は、どこか遠くを見ていた。
……嘘だ。
……だって、そんな話は聞いてない。
先生の手がゆっくりと、大切なものを触るように、鍵盤に添えられた。
……先生。
ピアノ、弾くの……?