世界を敵にまわしても


――続きだ。あたしが持ってる楽譜の、続き。


「……っ」


もう、何て言ったらいいのか分からない。


先生が両手を浮かせた時間は、きっと一拍。だけどその一拍があったからこそ、次に響いた音に飲み込まれた。


強く鍵盤が叩かれて、今までで1番大きく重い音は、自分を奮い立たせるように聞こえたんだ。


追い掛けて、追い掛けて。

無我夢中に走り続けて……。


音が、急に明るくなった。


「……っ……うっ」


涙が溢れてあたしは一度うつむいたけれど、すぐに顔を上げる。


見なくちゃ。この目で、先生のこと。


額に汗を滲ませて、力強く演奏する先生をこの目に焼き付けたい。


きっと一度もつまずいてない先生を。


右手と何ら変わらず、左手を駆使する先生を。


……楽しそう。
それとも、嬉しい?


分かんない。

でも、自分の手から奏でられるメロディーに、先生は微笑んでいるから……きっと、幸せなんだと思う。



勇気を出して走り続けた音は華やかで明るい音になって、いつまでも耳の奥で反響していた。


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