世界を敵にまわしても
「日直ー」
ドアの開く音と重なって、低い声が耳に届く。
すぐに今日の日直が号令を掛けると、礼と言い難い動作をしてから不協和音を立てて全員席に着いた。
「じゃ、出席取るから返事してね」
黒光りするピアノに肘をついて、目尻のあたりに微笑みを帯びるのは、音楽の臨時講師、朝霧 奏(あさぎり かなで)先生。
先程ミキ達の話題に上がった1人で、あたしの苦手な話題をいつも連れて来る1人だ。
恋バナとか、あの人がカッコイイとか、誰と誰が付き合ってるだとか、あたしはその手の話にめっぽう弱い。
というより、興味がないんだ。
恋愛にうつつを抜かす暇があったら、別のことに没頭しなきゃ。
「黒沢ー。……あれ、居ない? 4時間目は丸付いてるけど」
「きっとサボりだよぉー」
「先生の授業受けたくないとかっ?」
「んー、それは困るな」
キャッキャッと高い声を出して、朝霧先生と雑談しようとするクラスメイトを思わず見てしまう。
……そんなにカッコイイ、のか?
クラスメイトから朝霧先生に視線を移してみるけど、やっぱりあたしは興味もなければカッコイイとも思わない。
友達が騒いでいるのを1年生の時から聞いていたから、スッと伸びた鼻筋に赤みが薄い唇とか、黒縁眼鏡の奥は綺麗なふた重だとか。そういう情報だけは知ってる。
たしか、24歳。穏やかでよく笑って、会話が途切れることがないらしい。
若くてカッコ良くて話上手の先生となれば男子はともかく、あたしみたいな性格をしてなければ女子はほっとかないだろう。