1ページの沈黙
「ねえ」
あたしの声に、波多野は背を向けたまま立ち止まった。
自慢じゃないけど、あたしは顔が良かった。
今回、こんな目にあったのも、それが原因みたいなものだ。
大体の男は、あたしをちやほやするし、女は羨ましがった。
なんとなくあたしは得した人間だと思っていた。
波多野が自分にひれ伏すのが、当たり前のことだと思っていたのだ。
「よくもアンタ、あたしを放っておけるね」
普通、男なら「どうしたの、大丈夫」くらい言えるでしょうに。
弱っているあたしを見て、なんとも思わないのか。
なんでコイツは無視なのだ。
あたしは不条理な苛立ちをそのまま言葉にした。
「あたし泣いてんのよ。気、使えよ」
ばかみたい。
怒る相手は、この男じゃないというのに。
悪いのはあの子達なのに。
あたしがやったのはただの八つ当たりだ。
思い通りにいかないから、怒る。
まるで幼児。
それなのに、波多野は無言であたしに近づいた。
また無視されるのかと思ったのに。
予想していなかったので、ビクリと肩が震えた。
あたしが怯えたように、波多野を見上げると、ヤツは手を差し出してきた。
その動作にほっとすると、あたしは恐る恐るその手を両手で掴む。
ゆっくりと引き上げられて、情けない姿で立ち上がった。
波多野の手はすごく暖かかったのを覚えている。
そのまま手を引かれて、倉庫の外まで出た。
外のほうが風もふいて、より寒くて体を縮めた。
急に振り返った波多野があたしを見た。
月明かりで薄暗いのに、あたしはその瞳がギラギラとしているのに気づく。
「…あ」