1ページの沈黙
波多野の不機嫌バロメーターは、煙草の本数だ。
さっきあたしが消した煙草から、間もないのにまた火をつけている。
「ムラノさん」
「なに?だめかしら」
波多野の状態を知ってか知らずか、朗らかに答える彼女。
波多野は煙をゆっくり吐き出すと、低い声で言った。
「なんで、そんなこと俺に聞くんですか」
あたしは、なんの話だか分からずに、ふたりの顔を見比べていた。
波多野は…不機嫌極まりない。
なんでかはわからなかったけど、ムラノさんに問題があるみたいだ。
一方のムラノさんは、にこやかで。
その上、あろうことか「やった!」と嬉しそうに手を叩いた。
「リカちゃん」
「あ、はい…」
「実はさ、この前の飲み会でリカちゃんのこといいって言う奴がいてさ」
「はあ」
「一回でもいいんだ。会ってみてくれない?」
「あの、あたし……」
結構です。
そう言おうとしたら、今度はムラノさんの声で遮られた。
「今返事しなくてもいいわ。また明日連絡ちょうだい」
「けど…」
「お願い。考えてみて」
「……」
どうにも必死なムラノさんに押されて、あたしは頷いてしまった。
頭の中で、チカの言葉が蘇る。
「波多野離れ」
あたしは、そんなのいらない。
その、はずなのに。