1ページの沈黙
なんとなく、あの煙草の匂いがする。
ドアを開けると、予想通りそこには波多野の姿があった。
でも、今日は嬉しいとか触れたいとかそんなことよりも「なんで」とただそう思った。
「波多野…」
「リカか。うるさくするなよ」
お決まりのソファに座る波多野はそれだけ言って、手元の本に興味を戻す。
「行かないの?」
「…どこへ」
「法事」
今日は、理央の三回忌だ。
波多野に連絡はまわっていたはず。
「お前こそ、行かないのかよ」
「行かない」
訝しげにあたしを見つめる波多野。
でもあたし、波多野が法事に行かないわけがわかってしまう。
四十九日も、一周忌も来なかった。
たぶん、波多野は自分の崩れる姿を見せたくないんだ。
というか、もう理央を想って泣きたくないんだろう。
辛いのを思い出したくないんだろう。
あたしはそれがわかっていたから、もう何も言わなかった。
ただ、目の前の男が、酷く愛しくてしょうがなかった。