1ページの沈黙
それから、扉が開いていたことに気付いたのは、どれくらい経ったときだろう。
多分、そんなに時間は経っていないはず。
あたしの涙は乾くことなく流れていたから。
目の前には同級生の子が立っていた。
倉庫の重い扉を開いたのはコイツだった。
それが、波多野。
波多野は、あたしを見てから自分の手に持っていたボールの入ったカゴを元の位置に戻した。
きっと返すの忘れたんだろうな。
学ランに大きなラケット用のスポーツバックを背負って、ぐるぐるとマフラーを巻いている。
ああ、マフラー温かそう。
ぼんやりとそんなことを考えていると、波多野はスタスタと扉に向かっていった。
この頃、あたしは波多野のことなんか知らなかった。
ただ、同級生ってことだけはわかっていたけれど。
クラスは違ったし、あたしは置いておいて、波多野は地味な男だった。
昔を思い出すと、アイツは確かに頭がよかった。
だから今理工学部にいるのは、全く納得がいく。
ただ、人付き合いは好いほうではなく、寧ろ悪かった。
高校のころの波多野と言えば、静かに本を読んでいるか、テニスをしているか、ヤナギくんと話しているかだ。
部活の仲間もいたみたいだけど、波多野はヤナギくんとはずっと仲が良かった。
ヤナギくんは人当たりもよくて、気さくだった。
優しい顔立ちで、あたしもイチオシのいい奴だ。
性格の良い彼でなくちゃ、あんな厄介でとっつきにくい波多野とは友達でなんていられないだろう。
あたしも波多野も、今でも彼とは付き合いがある。
そんな彼とは、親しげに話すのをよく見たものだった。
でも、そのときそんなこと全く知らないあたしは、波多野のことをただの地味なヤツとしか思ってなかった。