CHANCE 1 (前編)  =YOUTH=
そうなんだ。

俺、この人にはかなわない。

昔から、親父の下で働いているんだけど、俺は彼に命を救われたんだ。

まぁ、詳しい話はまた今度ゆっくりするとして……

長谷さんは現在…確か…39才だったと思う。
テコンドーの有段者って言うか、師範代クラスの使い手。

元々は、父が社長に襲名した頃に営業として入社してきたんだ。

凄い成績を挙げて、何度となく社長賞を貰って、いずれは営業部長って話もあった。

その頃の韓日物産は、漸く借金を返しながらも少しずつ利益を挙げていた頃だ。

ちょうどそんな時期に、長谷さんは今の奥さんと知り合い、翌年には貧しいながらも、ささやかな結婚式を挙げて、1DKのコーポで生活が始まった。

それから会社が急成長したので、忙しくて長谷さんの帰宅は、毎日深夜になってしまったんだ。

或年、妊娠中の奥さんは、夜遅く迄、毎日一人で夫の帰りを待っていたんだ。

ある夜遅く、奥さんは急な痛みを下腹に感じて、必死で119番して救急車を呼び、一人で病院に…

流産だった。
原因の一つはストレスにあった。

奥さんは、かなりのショックを受けたが、その時に何も知らず接待の為に、銀座のクラブで飲んでいた自分が許せなかった長谷さんは、その後また奥さんが妊娠したのをきっかけに、営業の第一線から退き、警備課に配属変えして貰ったのだ。

最初、親父もかなり引き留めたのだが、長谷さんの意志は強く、給料が下がって多少生活が苦しくなっても、出来るだけ家族との時間を大切にしたいそうなんだ。

今ではって言うか、今でも奥さんとはラブラブで、10才に成る娘の治美ちゃんと3人で社宅に住んでいる。

親父も、社長として長谷さんの奥さんにすまない気持ちがあって、給料を下げなかった。

主任と言う肩書きではあるが、警備課の統轄責任者として課長待遇である。

今でも、親父は彼に営業課に戻って欲しいみたいだが、長谷さんは首を縦に振ってくれない。

しかし、彼が営業課に居た頃の後輩は、今でも長谷さんに相談したり、長谷さんも成績で行き詰まった後輩にハッパをかけたりしている。

飲みに行くのも止めて、ゴルフにも行かない。

仕事が終われば、大抵真っ直ぐ帰宅しているそうなんだ。

まぁ、職場から社宅までは1km位しか無いし、赤羽の南区の外れには、夜遅く迄遊ぶ所なんてないんだけどね!
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