レモンドロップス。
◇心のドア
「行ってきま~す。」
翌朝、玄関のドアに手をかけると後ろからお母さんの声が追いかけてきた。
「…彩香、大丈夫?」
「うん、もう落ち着いてるから心配しないで。」
振り向くと、お母さんはちょっと不安そうにあたしを見下ろしている。
お母さんが心配するのも無理ないけどね。
―――夕べ、家に帰ってきたあたしにお母さんは、
「もう、帰る時は連絡してよって言ったじゃない。10時回ってるのに何も連絡来ないから心配するでしょっ」
とおかんむり。
そういえば、出掛けにそんな事言われたっけ。
なんだかものすごく昔のように感じてしまう。
ウキウキしながらデートに向かったのは、ほんの数時間前のことだったのに…。
「ごめん、忘れてた…。」
「どうしたの?何かあった?」
お母さん、さすが。
これだけのやりとりなのに、ちゃんとあたしの異変に気づいてしまうんだ。
まあ、あたしが人一倍分かりやすい性格っていうのもあるんだけど…。
「実は待ち合わせしてた…彼が、来る途中で交通事故にあって病院に運ばれて、今まで病院に付き添ってたの。」
「えっ!?その子大丈夫なの?」
目を見開いて言うお母さんに、
「うん、命に別状はないって。今日は手術受けて眠っていたから会えなかったけど、明日また会いに行くつもり。」
「それなら良かったけど…、今日はいろいろ大変だったね。」
「うん、いきなりこんなことになって、なんかもう本当にびっくりだよ~」
笑って言った、つもりだったけど。
ポタリ。
笑った目から涙がこぼれ落ちた。
なんでだろう、病院でも流さなかった大粒の涙がポロポロ溢れて止まらない。
事故のことを口に出したとたん、急に現実感が胸に迫ってきた。
今夜の出来事は、本当に怒ってしまったことなんだ。
あたしののんきな幸せはずっと遠くに行ってしまったんだ―――。
そんな予感が一気にこみ上げた。
「彩香。」
お母さんの暖かい手があたしの頭をそっと撫でてくれる。
その晩、あたしはそのまま小さい子供のように、ひたすらひたすら泣いていた。