レモンドロップス。
待合室の椅子に座ると、浩一郎さんはフウッと大きく息をついた。
まるで、お腹の中にたまっていた何かを一気に吐き出したみたいに。
あたしと目が合うと、浩一郎さんはちょっと困ったように、
「ごめんね、何か変な雰囲気になっちゃって。」
「いえ・・・、あの。陽斗と何かあったんですか?」
思い切って聞くと、乾くんはペンッと自分の頬に手を当てた。
「さっきはさ、俺と兄貴で一緒に陽斗に声かけたんだ。声も復活したし、また元気になってバンドやろうぜって。そしたら」
そこで乾くんは一瞬、言葉を詰まらせた。
「陽斗はさ、俺たちに目も合わせないでさ『さあ、それはちょっと考えられない』って言うんだよ。」
その陽斗の言葉は、ずしんとあたしの心の底に沈んだ。
「そう・・・なんだ・・・。」
浩一郎さんは申し訳なさそうに、
「俺たちも無神経だったのかも。あいつはまだ・・・、自分の左腕に起こったことの整理がついてなかったのに、そんなこと言ったから。」
それから陽斗は、2人の会話に一言二言しか加わらなかったんだそうだ。
「ごめんね、彩香ちゃんがせっかく陽斗の気持ちをほぐしてくれたのに。」
浩一郎さんは頭をぺこりと下げた。
乾くんも合わせてぺこり。
2人のそのまっすぐな態度に嬉しいような、悔しいような思いに胸が痛んだ。
「そんな、あたしになんて謝らないでください。それに・・・。」
それに、あたしも陽斗の怪我のこと、軽く見てた。
悲しい事故だったけど、陽斗のことだからすぐに立ち直るだろうと思い込んでいた。
ううん、ホントは違う。
陽斗の心を見るのが怖かったんだ。
寄り添いたいと思っていたはずなのに今は、心の傷を目の当たりにするのを避けている・・・。
陽斗が音楽から目をそらしている、その事実が陽斗が負っている痛みを、そしてあたしの心の弱さを浮かび上がらせていた。