レモンドロップス。
その日の放課後、いつもの通り陽斗の所に寄って、20分くらい雑談した。
本当はもっといたかったけれど、なんだかいつも以上に疲れて見えたので、あたしから話を切り上げた。
「ごめんな、ちょっと寝る」
「いいよ、じゃあまたね」
そう言って、そっと病室を抜け出した。
エレベータホールの方に向き直ったとき、すぐ近くに男の人が立っているのに気づいて思わず声がもれそうになった。
「あの・・・」
その人は一歩あたしに近づくと、思い切ったように口を開いた。
パリッとしたダークグレーのスーツに、モスグリーンのネクタイ、暖かそうなコートを手にした40代半ばくらいのサラリーマン。
見たことがある人だ、とっさにそう思った。
「失礼ですが、入院している戸田陽斗のお友達ですか」
その柔らかな目元を間近で見たとき、その思いは確信に変わった。
「はい」
あたしはゆっくりうなずいた。
とたんに心臓の鼓動がドクンと強くあたしの胸を打ち始める。
陽斗のお父さんが、陽斗そっくりのまなざしをあたしに投げかけながら、あたしの目の前に立っていた。