レモンドロップス。
「その他もろもろ、調子はどうだ?」
教室を出ようとドアに手をかけた時、机や椅子の向きを直していた健にぃが何気ないような声で聞いた。
このタイミング。
絶対声をかける機会をうかがっていたんだなあって、さすがのあたしにも分かってしまう。
健にぃが本当に聞きたいことはこれだったんだろうな。
「あたしは元気ですよ。もう身も心も受験生なんで」
「そっか、じゃあもう平気か」
放課後の教室の中に立つ健にぃ。
柔らかな日差しに包まれたその瞳を見ると、ふいに夏のあの教室を思い出して胸が痛くなる。
でもあたしは笑みを浮かべて健にぃに向き直った。
自然にそうすることができた。
「あたしは受験を頑張ります。でもきっと・・・、陽斗もどこかで何かを頑張っている気がするんです。」
あたしは確かに陽斗を見た。
陽斗のエネルギーを見たんだ。
まぶしすぎるあたしの太陽、周りを照らしてくれた光を。
それは失われることなく、今もどこかで光っている。
あたしはそう信じていた。
「正直もう会えないのかもしれないけど。でも前を向いて歩いていたら・・・またいつか陽斗と道が交わることもあるかなって・・・。」
あたしが後ろ向きに歩いていたら、それこそ陽斗と本当に会えなくなってしまう。
ありがとうの一言も、言えなくなってしまう。
「あたし、陽斗からいろんなものをもらった気がしてて。あの力は今も陽斗を動かしているって、そう思えるんです」
言葉が魂を持つように、あたしのたわごとも本当になればいい。
半分以上はそんな祈りだった。
健にぃは小さく笑って、
「参ったな」
とつぶやいた。
そうしていつもと変わらない様子で、鼻の頭をカリカリと指先で掻いていた。
教室を出て振り返ると、さっきと同じように健にぃはヒラヒラと手を振っていた。
なんだか、お別れの合図のように見えた。
あたしも健にぃに手を振り返す。
なぜだか急に胸が熱くなって、ブンブンと大きく手を振った。
放課後の廊下で、異常に手を振りまわす2人。
だけど、あたしは知らなかったんだ。
心の中の小さなつぼみ。
健にぃだってしっかりとその存在を気づいて、守ってくれていたことを。