恋の恐怖症
ママは、わたしが少しでも困惑した声を出すと、なにかを恐れるように、自分を責めるようにその声を遮ろうとする。
…そんなことしなくたても、わたしは何も言わないってこと――何も、言えないってことなんて、わかってるはずなのに。
「でもね、珠洲。やっぱり、このままじゃいけないと思うの。少しでも一歩前に進まなきゃ、珠洲は、この先きっとダメになってしまう時がくる。だから――」
「大丈夫だよ、ママ」
――今度は、わたしが遮る番。
「大丈夫。わたしは、『まだ』壊れてないから」
そのときの声は、今までにないくらい強張ってたと思う。
「…珠洲……」
「…本当に、大丈夫。わたしは、わたしのことを気にしないで、ママが好きな人と一緒に幸せになってくれたら、それだけで嬉しいよ。だから大丈夫」
…うん、ちゃんと言えた。
わたしが一番言いたかったこと。
言うべきこと。
「…ありがとう、珠洲」
どこか遠慮がちなママの言葉は、わたしとママの間にある、壁の高さを表しているみたいだった。
――そして今日、だんだんと暖かくなってきたこの季節に、わたしは引っ越してきた。
まだこのときのわたしは、この先、どんなことが待ち受けているのかも知らずに、ただ不安だけを感じて、新しく生活する家へと向かっていたのだった。