恋の恐怖症
改札口を抜けると、真っ先に出迎えてくれたのは、駅の横に植えられていた、一本の桜の木だった。
「わ、綺麗…」
あまりの美しさに足を止めて見とれてしまう。
だけど綺麗だと見惚れていても、目の前の現実はなくなったわけじゃないんだ…。
そう思うと、自然とため息が出てきてしまった。
――今日から、わたしはわたしの『お父さん』になる人の家で、一緒に住むことになった。
ママの彼氏――斎藤宗一郎さんは、実際に会ってみると、とても優しい人だった。
精神科のお医者さんをやっているらしく、わたしがなかなかうまくしゃべれないでいると、急がなくていいから、ゆっくりでいいから、と安心させるよう微笑んでくれたりしてくれて、その微笑みを見たら、ママが宗一郎さんを好きになった理由もわかる気がした。
あんな人がお父さんになってくれるんだとしたら、わたしも、少しずつでも、話せるようになるのかな。
…話せるように、なりたいな。
ぼーっとしながら桜を見上げていたわたしには、せわしく走ってくる足音も、誰かの慌てたような怒鳴り声も、何にも気づいていなかった。