天翔る奇跡たち
「お代わりは?」
「いえ……」
「喉が渇いていらっしゃるのでしょう?」
「いえ、まあまあ……」
「遠慮なさらずに。ここは竜の里。誰もお堅いだけの礼節など知りませんからね。肩の力を抜かないと、損しますよ」
あ……。
「竜もそんな考えが?」
え、とジャガーさんは不思議そうにした。
「それは、どういう意味ですか? 率直なご意見を伺いたいですねえ」
「え、ぁ、や……まあ、損得勘定、とか……裏表、本音と建て前、といいますか……」
「ありませんよ。竜には。どうぞ続けてください。遠慮なく」
ないのか、やっぱ。あたしは身の危険をも顧みず、門前まで出てきて待っててくれた、ダイノダイアさんが奇異に思えた。ありがたいよ? でも、なんで? 彼女、履き物も履いてなかった……今、どうして居るのか……
あたしはつい、小声になりながら、おそるおそる、聞いてみた。
「遠慮、っていうか、こちらに勤めているひとをあまり見かけませんが」
あまり、というかどこに潜んでいるのか。「あたし、挨拶もろくにできないままで」
「あれらは邪魔になりますから、引っ込むように言いつけたのです。不自然でしたか? あなたがそんなに張りつめるほどに?」
「そりゃあ、気にならないと言ったら嘘になりますね」
っと、言ったら嘘になる。なにせここは快適そのもの。二度と下界に戻れなくなるほど心地よい。でもあたしら、お客分てわけじゃないのだ。忘れちゃいけない、貧乏所帯。働かねば食べてゆけない、この現実。
「ふァ……」
さあっと前髪を湖からの風に洗われて、息をつく。
風が……吹く。風が吹いてる。温かい。
もうすぐ雨が降るだろう。そんな湿り気を帯びた空気だ。
「ねーねー、あっぷるー。どうして探しに来ないのー?」
「こないのー? なんでー?」
「来ましたねえ。みごとなお手並みです」
「まだまだ、これからです」
……さんしーご、おっし、もくろみ通り!