天使と野獣
剣道の練習でもしていたような格好だが、
一人は京介が指摘したように、
剣道を楽しんだ後の満足感を滲ませた顔をして、
腰につけた木刀の他にあの刀を誇らしげに握っている。
その眼差しは…
京介が良く見せる鋭いものと同じだ。
もう一人はなんとなくその場にいる、と言うような顔をして、
照れくさそうに微笑んでいる。
その愛嬌のある狸目が印象的だ。
雰囲気は対照的のようにも見えるが、
強い絆を感じる。
同じ柄の着物を着ているということは兄弟なのだろう。
「東条栄一郎と剣二郎の兄弟だ。
栄一郎はわしを育ててくれた大工の父だ。
剣二郎はわしを作り出した親。
最もわしの存在すら知らなかったかも知れん。
敗戦色の強まった昭和二十年の春先にどこかの海に沈んだらしい。
ああ、海軍だった。
わしはその後に生まれた。
わしが生まれた直後に終戦になり…
わしを生んだ女は、
赤子のわしを捨てて男と駆け落ちしたらしい。」
その時の栄、京介の初めて見る、
感情を必死に抑えている苦しげな表情だ。
長いこと封印してきた心がここに来て飛び出し、
それを自制の心が必死で抑えている、と言うような栄だ。
父は自分を生んだ人を、女、と言う言葉で表現した。
父を捨てて… 他の男と駆け落ち…
なんと言う奴だ。
「父さん… 」
初めて聞く話に… 京介の心は
いきなりの強風に吹き飛ばされているようだった。
人には誰でも触れられたくない過去もある。
が、京介は父のそれがどのようなものなのか、
深く考えたことなど無かった。
ただ母の死の悲しみ、
母の病が発病しないかと言う不安、
それらを耐えるために心のままに生きてきた。
が、それだっていつも父がいる、
父に愛されていると言う安定した気持ちがあってのことだった。