天使と野獣

そう言えば父のことは、

大工だった父さんが死んで
天涯孤独という言葉は聞いたことがある。


父はあの田島病院で母と知り合い結婚した、
ぐらいしか考えたことが無かった。

それ以外は、いつも病身の母のため、
幼い俺のために、

いつも一生懸命尽くしてくれた姿しか思い浮かばない。

父さんはいつも父さんだった。


父さんはどのような子供時代を送ってきたのだろう。


大田区にあった東条の家は古かったが立派だった。

今は使わない古いものが、こんなにたくさんあるのだから、

それなりに歴史があって当たり前。

今まで何も思わなかったほうがおかしいかも知れない。


子供の頃、その家に住んでいても何も思わなかった。

大田区の家で思い出すのは、

病弱な母を気遣いながら、
子供ながらに精一杯の事をしていた事だけだ。

母がいなくなってからも、
中学の間はあそこで暮らしていたが、

自分の気持ちと闘うだけでいっぱいだった。

いつも一生懸命自分と向き合ってくれる父のために… 

実際はいろいろ気を使わせていただろうが… 

父の事だけを考えて生きて来た。


それ以外は… 考えた事もなかった。

父を産んだ女が、父を捨てて他の男と駆け落ち… 

本当の親が海軍の東条剣二郎と言う人で、
戦争で死んだ。

大工の父さんというのは育ての親。

二人は兄弟で、あの家で暮らしていたのだ。


京介は父の言葉で、少なからずショックを受けていた。



「京介、お前も明日で高校を卒業する。

いい機会だからわしの生い立ち、
お前の祖父母の話をしてやろう。

たいしたことではないが、
お前の父親がどんな人生を歩んできたか、
知っておいてもいいだろう。

まあ、そんな所に突っ立っていないで
アルバムとその写真を持ってこっちに来い。」



しばらくして栄はいつもの穏やかな口調で

京介をリビングのソファーに座らせた。

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